陽水の駅舎友人帳

劣等高校生の日常。気分で更新。最近はアニメ記事書きます。

ありきたりでも当たり前でもone more time!

3月18日。今日がついに修了式です。一年が終わりました。

そう、この日だけはきて欲しくなかった。我らがA組解散です。私は中3の時のクラスがそこそこ好きでした。担任の先生も自分と全然違う考え方をする人で、でも面白くてすごく好きでした。だからこそ一番最後に言った言葉が今でもよく蘇ります。

「今日でこのクラスは解散です。好きだと言っても始まったからには終わるんよ」

始まったからには終わるっていうのは私が結構嫌っている現実です。私は新しいことは基本嫌いです。失敗があると知ってるからです。終わることも嫌いです。だってなくなってしまうから。自分の心の中にあったとしてもいつかは色あせてしまいます。だから始まってそのものになれた時が一番幸せだな、といつも思います。でもやっぱり終わりはくるんですよね…

思い返せばこの一年、本当に幸せでしたよ。このブログ読んでくれた方ならお分かりでしょうけど、このクラスが好きでした。最高の高校生活の幕開けですよね。いっぱい好きな人ができました。面白い人、楽しい人、尊敬できる人、友達でも先生でもそういう人がたくさんできました。確かにクラスが分かれるだけです。別に別れるわけじゃありません。それでも悲しいものですね。

朝登校すると早速黒板に寄せ書き。みんな思い思いに書いてました。一部申し込んでましたけど…その中でも目に留まったメッセージが一つ。

『俺は〇〇生のようなもの、先生は教師のようなもの』

バレー少年Fくんが書いたものでした。実はこの前「『のようなもの』の世界」という文章に現代文の時間にお目にかかったらしいのです(自分がちょうど休んだ日に解いたらしい)。でもこれはうまいこと言ってるなぁというのは現代文相変わらず平均点の私でも初見でわかりました。もしこれを同じクラス「だった」人が読んでくれているのならわかると思いますけど、担任団に入ってしかも混クラ初担当で…って仰ってた先生が担任だったA組で、威厳は無くとも別のアプローチで接してくる担任の先生はやっぱり先生であり、どこか先生じゃなかったんですね。でもそこに面白さがあって(失礼極まりない言い方ですけど許してください)、楽しみがその中にあって自分たちの担任なんだって思うと自慢したくなってしまうようなそんな先生だったと思います。

実はこの時でさえも未だわかってなくて、自分の視野の狭かったことに反省する高校二年生が3週間後に待ち構えています。

修了式、少し長かったような気がしますがそれでも短かったって印象の方が大きいです。校長先生のラストスピーチは結構グサグサきたので長かった気がしますけど。

その後一本道を歩いてゆめタウンへ…

椅子で時間を潰して打ち上げ行きました。ひたすら焼いて食べて焼いて食べてました。後半はさすがに話してましたけど。あ、ちなみに焼肉です。結構食べたので帰りスカート少しきつかったですね(笑)話したい人とはほとんど話せなかったですけど…まぁ楽しかったからよし!そういえば途中でSくんからびっくり映像見せられて超ビビったのに、もっとリアクション面白いであろうAさんは全く動じなかった、なんて話もあります。あとは会計の時に割り勘したら1円玉の量がすごいことになって、私だけで30円両替した結果。お財布膨れて若干嬉しかったです。1円集めるの楽しいです。確か平成23,24年が1円玉の発行枚数がすごく少ないのでレアらしいですよ。あとは写真撮って歩いて帰って終了です。

そして1年間無事終了!!!!!

本当にありがとうございました。

(追伸)これを見て色あせる記憶を少しでも鮮明に思い出せる人がいれば幸いです。